私とコントラバス

○『フレンチ式奏法』
 コントラバスの奏法には『ジャーマン式奏法』と『フレンチ式奏法』がありますが、私は、『フレンチ式奏法』で演奏しています。


 ジャーマン式奏法は力強い低音を出すのに優れており、フレンチ式奏法は軽やかに旋律を弾くことに長けているのですが、日本のオーケストラでは、ジャーマン式が主流です。日本の音楽大学のコントラバス専攻で教えるのもほとんどがジャーマン式で、私もジャーマン式を学びました。

 学生時代は、決して身体の大きくない女性の私(当時の身長は158㎝)には楽器の大きさとの戦いでした。(後に小ぶりな楽器を手に入れてから、ようやく少し余裕が出て、その後は大きな楽器でも身体になじむようになったのですが…。)

 プロとしての活動もジャーマン式で始めましたが、身体の負担が大きく、このままだといつまで演奏を続けられるか不安を感じていました。


 そんな時、フランクフルト市立歌劇場主席コントラバス奏者・野田一郎氏と出会い、野田氏の伸びやかなフレンチ式演奏に魅せられると共に、身体に無理をかけない『野田メトーデ』に感銘を受け、野田氏に一番弟子として師事し、野田メトーデを学び、フレンチ式奏法に転向しました。プロのコントラバス奏者(とりわけ女性)には、身体を壊して早々に演奏活動をあきらめざるを得なくなってしまう人が少なからずいるのですが、私がこれまでずっと演奏活動を続けてこられているのは、野田メトーデによるフレンチ式奏法と出会えたからだと思います。


 ちなみに、中学、高校のブラスバンドでは、体格の良い男子はチューバやユーフォニウムなどに回され、体格のさほど大きくない女子がコントラバスを担当させられることもよくあることかと思いますが(私もそうでした)、これまで私が指導してきたコントラバスの生徒には小柄な女性が多くいました。彼女たちは、以前の私と同じようにコントラバスという楽器の大きさに苦心し、「大柄な男性の先生ではなく、自分と同じように小柄な女性の先生に習いたい」ということで私を選んでくれたそうです。


 残念ながら、日本では、フレンチ式奏法は少数派ですし、野田メトーデもごく一部にしか知られていません。この野田メトーデの素晴らしさをより多くのコントラバスを演奏する(演奏したいと志す)方々に広め、より長く演奏活動を続けていただきたい、より伸びやかな演奏を楽しんでいただきたい、という思いから、音楽教室という形で指導をさせていただく場を拡げました。

 

 

 

 

コントラバスの様々な可能性

○ソロ演奏
 コントラバスというと、オーケストラで低音を支えるか、ジャズなどでのピッチカート(指ではじく)奏法のイメージが強いかと思いますが(オーケストラのコントラバスと、ジャズで使われるベース=ダブルベースは別の楽器と思われている方も多いようですが、同じ楽器です)、実は、アルコ(弓でひく)奏法による旋律楽器としての表現力もあり、チェロよりも低音の幅が広いので、弦楽器の中で最も幅広い音域で表現できる楽器とも言えます。

 

 音楽ファンでも、コントラバスに特に興味のある方以外は、コントラバスのソロ曲を聴かれた事のある方は少ないかと思いますが(私も、大学に入るま で、コントラバスでソロができるとは知りませんでした)、数多くはありませんが、コントラバスソロの名曲がありますし、私も、リサイタルなどでそれらを演 奏してきました。


 オーケストラやブラスバンドでコントラバスを担当することになったのでコントラバスを習いたい、と思われた方が多いかと思いますが(私もそうでした)、ぜひ、独奏の楽しさも味わっていただきたいと思います。

 


○タンゴ奏法
 タンゴでも、コントラバスは欠かせない楽器です。
 タンゴ奏法には、クラシックやジャズとは違った独特のリズムや技術、コラソン(心)があります。


 私は、タンゴの魅力に惹かれ、タンゴバンド『岩崎浤之とタンゴコスモス』のメンバーとして活動し、その後、ブエノスアイレスで、ダニエル・ファラスカ氏にタンゴ奏法を学びました。
 ファラスカ氏は、ピアソラと共演したバイオリニストのスアレス・パス氏や、同じくピアソラと共演したアントニオ・アグリ氏の息子のパブロ・アグリ氏とも共演されているコントラバス奏者です。
 タンゴに一番大事な、アルコによる4ビートのスタッカートの仕方と、ジュンバ(強い2ビート)の奏法、ゴルペ(コントラバスを打楽器のように叩く)奏法は、ファラスカ氏の指導から学んだ最大の収穫でした。

 現在もタンゴバンド「クアトロビエントス」のメンバーとして活動するほか、多くのタンゴ奏者の方と共演させていただいています。


 幸運にも、本場アルゼンチンで得ることができた貴重な学びを、タンゴに興味をもたれるベーシストの方に、ぜひお伝えできればと思います。

 


○弾き語り
 また、私は歌うことも大好きなので、コントラバスを弾きながら歌を歌う『弾き語り』もよくします。リサイタルなどでは、必ず、歌のプログラムも入れています。


 ギターやピアノの弾き語りをする方はよくいらっしゃいますが、コントラバスの、特にアルコ(弓弾き)演奏しながらの弾き語りをされる方はあまり多くないかと思います。フレットがない弦楽器は、まずは正しい音程の音を出すことに意識を集中しなくてはならず、歌を歌いながらの演奏となると、歌と楽器と両方に意識を働かせる必要があり、難しく思われるからかもしれません。


 実際、易しくはありませんが、私の場合は、身体の各部分に注意を向けながら練習する野田メトーデを応用することで、歌いながら弾くことも自然にできるようになりました。


 声は、いわばその人だけが持っている“特製の楽器”です。ご自分の声とコントラバスの二重奏である弾き語りの楽しさも、ぜひ味わっていただきたいと思います。